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東京高等裁判所 昭和53年(う)558号 判決 1978年7月18日

被告人 赤尾國彦

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金一〇、〇〇〇円及び科料三、五〇〇円に処する。

右罰金、科料を完納することができないときは、一、〇〇〇円を一日に換算した期間(端数については一日に換算する)被告人を労役場に留置する。

原審における訴訟費用は、全部、被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、被告人提出の控訴趣意書(同補充書も含む)に、これに対する答弁は、検察官提出の答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意第一点(事実誤認)について

所論は、要するに、原判示第一の事実につき、被告人は、速度違反をしていないのにかかわらず、これを認めた原判決には事実の誤認がある、というのである。

しかし、原判示挙示の関係証拠を綜合すると、被告人が原判示第一の日時、場所において、指定最高速度四〇キロメートル毎時を二三キロメートル超過した六三キロメートル毎時の速度で、貨物自動車を運転した事実を優に肯認することができ、被告人の捜査時及び原審公判廷で速度違反はしていない旨の供述は、前記証拠と対比し、到底信用することができない。原判決に事実の誤認はなく、論旨は理由がない。

控訴趣意第二点(訴訟手続の法令違反)について

所論は要するに、原判示第一の事実につき、被告人は、取締警察官森下義夫から、速度違反の事実を認めれば、他の違反事実は見逃がしてやる旨強要され、やむなく交通事件原票に署名したのであるから、同原票のうち、被告人の供述部分は任意性がなく、又同警察官は、嘘言家で、かつ不道徳な人物であるから、その証言は信用性を欠くものであり、任意性、信用性に欠ける右各証拠にもとづき犯罪事実を認定した原判決には、訴訟手続の法令違反がある、というにある。

しかし、記録及び原審で取調べた関係証拠を精査しても、所論のように警察官森下義夫において、被告人に署名を強要した事実は毫も認めがたいばかりか、却つて、被告人は、取締を受けた際、同警察官に速度違反の事実を認め、素直に交通事件原票に署名した事実を認めることができ、しかも、被告人は、原審で同原票の被告人の供述部分を証拠とすることに同意して、適法な証拠調を経ていることを併せ考えると、右書面は任意性を有し、証拠能力もあることは明らかである。所論は、森下警察官の人物の嘘言癖、不道徳性をいうが、同証人の供述の信用性に疑をさしはさむ余地は全くないと認められる。従つて、右各証拠を採用して、犯罪事実を認定した原審の措置に訴訟手続の法令違反はなく、論旨は理由がない。

控訴趣意第三点(事実誤認、法令適用の誤り)について

所論は、要するに、原判示第二の事実につき、被告人は、街路灯支柱にビラ一枚を貼りつけている最中に、警察官に注意され、ただちに自分でこれを剥ぎとつたのであるから、いまだビラ貼り行為としては完了せず、軽犯罪法一条三三号前段の「はり札をし」たことにはならない。かりに、ビラ貼り行為として完了したとしても、被告人は、ビラを支柱に直接貼つたのではなく、既に貼つてあつた古いビラの上に貼つたのであるから、この行為は、前記条項に該当するものではない。また、かりに、右主張が容れられないとしても、軽犯罪は、僅か一枚程度のビラ貼り行為まで禁遏して処罰する趣旨とは解されないから、被告人の行為は、同法によつて処罰することができないものである。従つて、本件については、軽犯罪法違反の成立を否定すべきであるのに、ことここにでることなく有罪の認定をした原判決は、事実を誤認したか法令の解釈、適用を誤つた違法がある、というにある。

しかし、原判決挙示の関係証拠によると、被告人は原判示第二の日時、場所において、街路灯支柱にビラ一枚を糊で貼りつけ、引続き二枚目のビラを貼りつけようとしていたところを警察官によつて発見制止された事実を認めることができ、これによれば、被告人の行為は、ビラ貼り行為として完了したものというべきであるから、その後自から貼りつけたビラを剥ぎとつた事実があつたとしても、同罪の成立に何等の消長を及ぼさないというべきである。ところで、軽犯罪法が、みだりにはり札することを禁止した法意は、工作物等に関する財産権、管理権及びこれらのものの美観を保護しようとするところにあると解されるから、他人の貼つたビラの上に重ねてビラを貼る行為も、当然同罪の規制対象となることは明らかである。又、同法が日常生活上における卑近な道徳律に違背する軽微な秩序違反を取締ることを立法目的とし、刑罰も最も軽い拘留、科料にとどめている趣旨に鑑みると、たとえ、一枚のビラ貼りであつても、同罪の取締の対象となることは免れえないと解すべきである。従つて、被告人に対し、ビラ貼り行為の成立を認めた原判決に、事実誤認ないし法令の解釈、適用の誤りはない。論旨はすべて理由がない。

しかし、職権をもつて案ずるに、原判決は、第一、第二の犯罪事実を認定し、第一につき道交法二二条、四条一項、一一八条一項二号、同法施行令一条の二を、第二につき軽犯罪法一条三三号前段、罰金等臨時措置法二条を各適用し、主文において、第一の事実につき罰金一〇、〇〇〇円に、第二の事実につき科料三、五〇〇円に処しているが、本件は併合罪と解すべきものであり、主文において一個の刑を科すべき場合であるから、原判決は併合罪の解釈を誤り刑法四五条前段、四八条一項、五三条一項の適用せず、その結果、各犯罪事実毎に罰金、科料に処する誤りをおかしている。この点で、原判決は法令の解釈を誤りひいて適条を誤つたもので、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、破棄を免れない。

よつて、刑訴法三九七条、三八〇条に則り原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により、さらに次のとおり判決する。

原判決が適法に確定した被告人の原判示所為中、第一の点は、道交法二二条一項、四条一項、一一八条一項二号、同法施行令一条の二に、第二の点は、軽犯罪法一条三三号前段、罰金等臨時措置法二条に各該当し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、所定刑中第一につき罰金刑、第二につき科料刑を選択し、同法四八条一項、五三条一項に従がい罰金と科料を併科すべく、各所定金額の範囲内で被告人を罰金一〇、〇〇〇円及び科料三、五〇〇円に処し、同法一八条により右罰金、科料を完納することができないときは、一、〇〇〇円を一日に換算した期間(端数については一日に換算)被告人を労役場に留置し、原審における訴訟費用は刑訴法一八一条一項本文を適用して全部被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 草野隆一 中野武男 田尾勇)

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